|ω・´)びすけっとは立派な軍用食なんですよ!!
     なんで外国の軍隊の携行食料にお菓子が
     入ってるのか謎だったのが昨日判明したとです!!

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|ω・)そもそも始まりはローマの兵隊さんが携行した
    パンを二度焼きしたものだったとかにゃんとか・・・
    びすけっとの語源もローマのことばにゃんだとか
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|ω・;)日本には明治のころやってきたらしいですよ?
     漢字で書くと「乾蒸餅」と書いてびすけっと
     読むらしいとです・・・・なにがビスでケットなのか
     さっぱりわからんとです・・・・




>|ω・;)日本には明治のころやってきたらしいですよ?
南蛮菓子 ビスケット
で検索すること
伝来は安土桃山時代





乾パンも謎だよな。採用してるのが日本だけという。





>乾パンも謎だよな。採用してるのが日本だけという。
乾パンは堅パンの亜種
ハード・タックとかアイアンブレッドとか聞いたことがあると思う
東ハトのオールレーズンはイギリスのガリバルディというレーズンを挟んだ堅パンが元になったと聞く




大航海時代の、「足が生えるビスケット」の話を思い出したら、
ビスケットを食べなれていなかった日本兵以外は
拒否感を催すと思う。
ある意味飯盒炊爨より手間のかかるパン焼きを戦場でこなしていたのも、
ビスケットなんて差し迫った非常食でしか食えん、日常に食わされるのは嫌だ、ということなのかも。





イギリスはポテトチップスも
ビスケットなんだよね?
ソースは世界番付





|ω・;)ハードとかソフトとか・・・いろいろ種類があるみたい
    にゃんですが・・・厳密に言えば硬く焼くために
    空気抜きの穴がたくさん開いてるのがビスケット
    らしいです・・・よ?






日本には飯粒を干した乾飯がありましたから・・










歯が欠けないか心配だよ

干飯はあれ水で戻すんだっけ
なんか伊勢物語の涙で干飯がふやけたという場面を思い出して大抵はそのままバリボリ食べている印象だ
まあ綺麗な水を確保出来ないならそういう食べ方もするんだろうな





固い物食べて歯に悪くないのだろうか
戦場で毎日歯磨きなんてできないだろうに





逆に固いものを食べない現代のほうが顎の発達が遅れて歯並びが悪い人が多いんだと





>干飯はあれ水で戻すんだっけ
そのまま食べる事もあれば
お湯で戻して食べる事もある
戦場で食べるには都合が良いと思うね





乾パンだけどネービーのビスケットだよ!
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予想外にでかいのだね
映画「遠すぎた橋」で出発準備してる通信部隊の士官が
お茶に時間にビスケットかじるシーンがあったな






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日本の軍隊の携行食料にお菓子






>日本の軍隊の携行食料にお菓子
最近の乾パンは金平糖の代わりに氷砂糖が入っているのが何か悲しい
若い子と話をしたら話が通じないでやんの


>最近の乾パンは金平糖の代わりに氷砂糖が入っているのが何か悲しい
>若い子と話をしたら話が通じないでやんの

原点回帰だなあ
元々は氷砂糖だったのが、
満州とか寒いところでそれ食うのは氷を連想してヤダ、
ってんで花を連想させる金平糖になったと聞いた

ある意味、そんな寒い所で糧食をかじる必要が無くなった
平和な時代の反映と思いたいが・・・




 

最近、新型糧食にビスケット?みたいなのはいってるよね
めちゃ堅いけど甘みがあってクリーミーで美味しいです




>最近の乾パンは金平糖の代わりに氷砂糖が入っているのが何か悲しい
サンリツのカンパンは昔から角砂糖だったよ
製造メーカーで入れているものの違いでもあるんじゃない?









切り餅やせんべいの量産化・軍用糧食化は難しかったんだろうか
麦では乾パンや圧搾糧食といろいろ投入しているのに



>切り餅やせんべいの量産化・軍用糧食化は難しかったんだろうか
餅は水分が多くてすぐカビる
求肥飴の一種じゃが、熊本の朝鮮飴(餅米と水飴を合わせて練ったもの)がある
水飴をいれて保存性を高めたんじゃな






切り餅を干して焼いたかき餅は兵糧として利用された
豊臣秀吉が好きだったとか何とか
米菓は割れやすいのが問題じゃな
割れないようにすると今度は歯が立たなくなるし






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切り餅では有りませんけれど
旧軍で採用されてた糧食の一つに
水またはお湯を加えると餅になる「餅の素」なるものはあったりしますな

また海軍さんで採用された中には餅の缶詰なんてのも有りまして
サイズ的には直径25センチ×高さ8センチとなかなか大きなこの餅に
器用な兵隊さんが彫刻を施して正月用の飾りをこしらえ
任務で交流のあったドイツ海軍にプレゼントし、大変喜ばれたなんて
逸話も残ってるそうですw





因みに日本陸軍がビスケットを糧食に採用したのは明治10年の西南戦争からとかで
かなり早かったんですが、西洋式のビスケットはあまり兵隊さんの口に馴染まず
その後日清戦争等では昔ながらの糒が復活したそうで
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ただ実際用いてみると糒はそのまま食べると食味が悪いだけでなく下痢を引き起こしやすい欠点があり
美味しく食べるには清潔な湯水が不可欠と判明しましてどうも中国大陸で用いるには都合が悪く
結局日本人好みの味に改良したビスケットに戻ることとなり
割れにくい小麦の品種採用やビスケット自体の小型化、味や素材の改良等試行錯誤を繰り返して
出来上がったのがあのお馴染みの乾パンということらしいですな

研究の過程では卵や砂糖、干し肉や乾燥野菜、はては南部せんべいや米粉の使用等実に様々な
アイデアも試されてるんですが、結論としては飽きのこないシンプルなのがベストって
事に落ち着くのが常だったようで





ただそれでも一応、日本人ならやっぱお米じゃん?ってことでコメを主食にする
携帯食の研究も進められ続けてまして、昭和の初期に一度熱膨張させた後圧縮して
容積を縮めた玄米を主原料とした「圧搾口糧」なるものが開発されております
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そのまま食べて良し、湯水で戻して食べて良しのこの食品が言わば昭和日本陸軍版の
糒なわけですけれど、実際の使用成績も評判もなかなか良かったみたいで
戦争終盤まで生産は続けられたみたいですな

まあ食生活全般が西洋化して、缶飯やレトルト、アルファ米等も普及した昨今、
乾パンと並んでメジャーな非常食として復活する目は殆どない気はしますけれど…w





>水またはお湯を加えると餅になる「餅の素」なるものはあったりしますな
現在だとフリーズドライの餅がありますね
水を加えるだけで食べられるので、災害時の非常食によいとか、柔らかくて喉に詰まる危険性も低いとか





圧搾口糧に米が使われてたか
画像のは主食の表記が「丸麦ヲ…」となってるけどいくつか種類があるんかね

戦記だと『われソロモンに死すとも』の表題作1月3日の日記に登場するんだけども
ガ島戦末期の飢餓状況下に椰子の実をあれこれ調理したものに舌鼓打ってる一方で
「うまくなき圧搾口糧に腹を膨らます」とあって味の方はうーん…




>また海軍さんで採用された中には餅の缶詰なんてのも

|ω・)入院中に読んだ本の中に・・・
    水を入れてこねるとアベカワ餅になるってのが
    あったって見たとです・・・アベカワ餅がなんなノア
    はよく知らないとですが、あまり美味しくないって
    書いてたとです





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>いくつか種類があるんかね
昭和13年に圧搾口糧の規格が改正されてまして
それによりますと
「圧搾口糧は玄米、大麦(または大麦のみ)鰹節、醤油、砂糖、食塩、梅干し、梅酢
酒、石酸、唐辛子を原料とし製造したもの」とされてますんで
主食が大麦のみというのもあったみたいですね

因みにこの時の改正で容器もそれまでの金属製容器から防水紙包装に変わってまして
当然湿気や虫害には弱くなったんですが、戦時ゆえに短期間で消費されるから問題なし、と
されたそうです
従ってガ島みたいな環境やそこまでの輸送環境を考えると
多分手記の方が食べてたのは相当劣化してたものだった可能性も…




>水またはお湯を加えると餅になる「餅の素」なるものはあったりしますな
その画像にある尾西食品wikiから
第二次世界大戦当時の日本軍より、1944年に「火力を利用せず、炊飯を行わずに食べられるご飯」を
大阪大学産業科学研究所の二国二郎と尾西食品に依頼し、アルファ化米が開発された。
1945年の終戦までに尾西食品は6,200トン(7千万食分)を納め、
尾西食品の類似商品である「もちの素」まで含めると27,300トン(約3億食分)が軍に提供された。
終戦後、民間向けの携帯食としても用途を広げ、キャンプ・登山・旅行などに利用された。

億単位で提供するほど本格的に生産されていたとは知らなんだ

>水を入れてこねるとアベカワ餅になるってのが
滝沢聖峰の漫画かその元ネタだな





尾西のアルファ米は炊き込みご飯系はそこそこうまい
軽いのが良いね






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>水またはお湯を加えると餅になる「餅の素」なるものはあったりしますな
どっちかと言うと、フリーズドライよりこっちが近いんじゃないかな
菅原商店の「手もみで5分 みやぎのもちっ粉」って奴
http://cart04.lolipop.jp/LA11293478/?mode=ITEM2&p_id=PR00102135147





あべかわ餅というとようは黄な粉餅だけど
水をいれてこねたらあべかわ餅って
黄な粉がベチャベチャになっていて確かに不味そうだ





ビニール袋やアルミパックがない時代の防水や酸化防止は大変やね…
支給される米も船倉や貯蔵を経て相当に劣化していたことだろう

インスタントのもち粉が食糧として支給されたって話はあんま聞いたことないけど
前線の酒保で大福とか汁粉出すのに使ったんかねえ?
意外にもけっこうな製造量だ






そこで焼かぬ干物に半煮え飯の出番ですよ





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携行食なのかはわからないけど
この種の話題でいつも思い浮かぶのがバンド・オブ・ブラザースのこのシーン

CM含め今まで見てきた中でおいしそうにチョコを食べる事をやらせたら
この子がたぶん一番だと思う





そ、そのチョコバーを美味そうに食うとは
いやハーシーズ・トロピカル・バーなのかもしれんし……




このチョコってまずかったの?
初めてのチョコみたいだけどこんなににこにこして食べてるのに
これ見るたびに分厚いチョコをかぶりついてみたいと思う





米軍でチョコって言うと真っ先に出てくるのが悪名高き
Dレーションでこれはチョコ味ではあるものの…な味だった
らしい
ただ、…な味とはいうものの具体的にどんなもんだったのかは、
自分はよく知らない、教えてエロい人!
もしかしてダダ甘で食えたもんじゃないっていうことなら、
Dレーションでも甘みに飢えていた子供には美味だったかも
既に名前が出ているトロピカル・バーは賭けの対象やタバコと
引き換えになる程度には、味も改善されていたと聞くね






悪名高きDレーションバー(ローガン・バー)は
陸軍需品科のポール・ローガン大佐によって以下の仕様を要求された
1.重量は4オンス(約110グラム)
2.食品としてエネルギー値が高いこと
3.高温に耐えられること。
4.味は、茹でたジャガイモよりややましな程度であること

そこでハーシー社はチョコレート、砂糖、オート麦粉(!)、ココアバター、脱脂粉乳、人工着香料からなる耐熱性チョコレートを開発したが、出来上がったブツはどんなに加熱しても粘ついた糊状の物体にしかならず、従来の型に溶けたチョコを流し込んで作るという事が不可能なシロモノが出来上がった
仕方なく人の手で計量して型に押し込む作業を行い製造した

チョコの材料に小麦粉入れる時点で大間違いなわけで、配給を受けた兵士はそれしか食べ物がないからしかたなく食べるといった感じとなった
風味は微妙だわ口溶けは最悪だわ、どうしようもなかったとのこと
カロリーは一応高いんだよな。戦闘糧食としてこしらえたものだから






おっと、オート麦粉でした
日本語でいうところの燕麦ですね
主に飼料として生産されている穀物です





オートミールの粥は旨いよ。出汁、味の素、醤油、刻みネギ、海苔などで味付けしてオヂヤみたいにしてよく喰ってる。健康にいいんだよ。米の粥と違って数分で出来るしね。





>主に飼料として生産されている穀物です
あとこんなこと言うとスコッツが怒るぞ。





>茹でたジャガイモよりややまし

ドイツさんに謝れコノヤロウ!





>主に飼料として生産されている穀物です
エンバクは穀物の一種であり、イングランドでは馬を養い、スコットランドでは人を養うとは言うが












>>主に飼料として生産されている穀物です
>あとこんなこと言うとスコッツが怒るぞ。

そういえば"あの"ハギスの材料だったな
オート麦





>主に飼料として生産されている穀物です
ペットショップで売ってる猫草が燕麦



>そ、そのチョコバーを美味そうに食うとは
父親の初めて食べるチョコレートだ。ってセリフが続いただろ
つか、ウチの親はそんなモノをギブミーしてたのか?





ギブミーチョコのチョコは、てっきりM&Mと思い込んでた。
うちの親は、米兵怖くて近づかなった口だから、聞いてもわからん・・。





うちの親父は、母親が怖くて米兵に近づけなかったって言ってたな。
そんな情けないことすんなって怒られたんだそうな。けっこう貧しかったそうだが。
孫からすると信じられんがめちゃくちゃ怖かったんだって。





でもそんなマズイチョコしか入手出来ないような状況だったら
現代の美味いチョコを知っていても喉から手が出るくらい欲しくなるかもしれない





>つか、ウチの親はそんなモノをギブミーしてたのか?
Dレーションはその味ゆえに兵士からも不評でもっとマシな味のものが開発されたんだけど
さすがの米軍もまだ食えるものを回収して新しいものを支給するほど甘くはなく
兵士たちは占領地でばら撒くなどして「消費」してたとか






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ギブミーチョッコレート!の熱狂は終戦直後の日本だけでなく
連合軍進出時のイタリア南部地域でも起きてる
持たざる国の無理が祟った市民生活の疲弊っぷりと貧しさは特に嗜好品まわりでは枢軸共通のような感

画像はシラクサ近郊





煎餅にチョコ練りこんだら理想的な糧食に・・・はならないんだろうなぁ




チョコ南部
http://www.iwateya.co.jp/s_choco.html

南部せんべいを砕いてフレーク状にしたものをチョコでまとめたもの

せんべいの製法(最終的に焼く)を考えると油脂を大量に含んだチョコと混ぜて焼くのは無理があるのではないかと
ココアパウダーを練り込むのはありかな?





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>チョコ南部
岩手の友人が送ってくれたけど、普通のクランチやコーンフレークのチョコと比べてクリスピーさが段チで、メチャ美味しかったわ。

持ち運びするなら、あの凹んだとこにチョコ詰めた、南部せんべいチョコサンドどうよ?









パン食の導入といえば脚気対策で導入した海軍
陸軍はウィルス説を支持し兵士は白米を好んだために犠牲者続出・・
しかし乾パンやビスケットは古くからあったそうなんで
命を救われた兵士もいたかも知れませんなあ
兵食改革と脚気論争
海軍では高木兼寛は,当時軍隊内部で流行していた脚気について海軍医務局副長就任以来、本格的にこの解決にとりくみ、海軍では兵食改革(洋食+麦飯)の結果、脚気新患者数、発生率、及び死亡数が1883年(明治16年)1,236人、23.1%、49人、1884年(明治17年)718人、12.7%、8人、1885年(明治18年)41人、0.6%、0人、以降1%未満と激減した(詳細は「日本の脚気史」を参照のこと)。高木は、1884年(明治17年)の軍艦筑波号による航海実験も行ってこの兵食改革の必要性を説いた。この航海実験は日本の疫学研究のはしりであり、それゆえ高木は日本の疫学の父とも呼ばれる。その後、いわゆる海軍カレーが脚気撲滅にひと役買ったとも言われている。

一方で陸軍は医学界の主流を占めた伝染病説に同調した。また、経験的に脚気に効果があるとされた麦飯について、海軍の多くと陸軍の一部で効果が実証されていたものの、麦飯と脚気改善の相関関係は(ドイツ医学的に)証明されていなかったため、科学的根拠がないとして否定的な態度をとり、麦飯を禁止する通達を出したこともあった。結果的に、陸軍で約25万人の脚気患者が発生し、約2万7千人が死亡する事態となった。



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>パン食の導入といえば脚気対策で導入した海軍
>命を救われた兵士もいたかも知れませんなあ

この辺事態は少し複雑でして
例えば明治17年に陸軍大阪鎮台の軍医部長だった堀内利国さんって方が
試験的に大阪鎮台の兵食を麦飯に切り替えたところ
17年には1000人中353人もいた脚気患者さんを翌年にはわずか13人に減らすことに
成功してるんですが、これは海軍で高木さんが食事変更実験するより半年早かったりしますw

んでもってこの結果を受けて全国各地の師団も次々麦飯採用に踏み切ってまして
明治24年には全7個師団の内、3個連隊を例外とする全部隊で兵食を麦飯に切り替えたそうで
明治10年代前半には毎年1万人前後の新患者を出していた脚気患者は
明治26年にはわずか113人にまで減ってたりします
つまりこの時点で陸軍においても麦飯の採用により脚気はほぼ撲滅されつつあったんだそうで

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ところがこういう実績にもかかわらず、明治23年に制定された陸軍給与例では
あくまで主食は精米6合とすること…と規定されてたりするんですな

実際には現場の部隊ではこれをほぼ無視してたのは前述のとおりなんですが、
問題はそういう現場の裁量で支給内容を変更できずに
規定通りの配給を続けざるをえなくなったらどうなるか…って事なわけでして
まさにそういう事態が起こっちゃったのが明治27年からの日清戦争なんですな
即ちこの戦役中発生した脚気患者数は外征部隊の二割弱にもおよび、
内4000名近くもの死者を出してるんですが
これが患者数わずか113名(内死者2名)にまで脚気を追い込んでた翌年の
事なんですからのう
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当時外征軍の内、陸軍第2軍の軍医部長だった土岐軍医部長さんなんかは
予防のため「百難を排して」麦飯の供与、それが困難ならせめて
三食の内一回はパンかビスケットの支給を…と軍司令官に上申してるんですが
石黒野戦衛生長官、森林太郎兵站軍医部長らの反対により果たせず終わってるそうです
因みに石黒野戦衛生長官は明治23年に前述の「精米6合」の給与例を出した時の
陸軍医務局長サンだったりするんですな
んでこの戦役の後、内地に戻った陸軍内では実際には麦飯を供与することで
再び患者数は減少するんですが、いざ外征となった時に支給を白米に限ることで
大量の脚気患者を出すというパターンは日清戦争の10年後の日露戦争で
また繰り返されちゃうんですね
因みにこの時も第二軍隷下の師団軍医長さんらが麦飯の供与を願い出るんですが
第二軍の軍医部長になってた森サンに再び黙殺されたなんて話が残ってたりするそうで

この辺、後世の人間から見るともう少しどうにかならんかったのかなあ、ってな
所ではありますな






救いの女神ビスケットが目の前にあっても兵士の無知と頭の固い指揮官の前にあっては形無しということで・・
しかし最終的には多くの将兵を救った麦食は偉大であったのです






当時の日本に麦飯を陸軍将兵に行き渡らせるほどの麦生産量は無かったからしょうがない
「軍事糧食は国内自給で賄うべし」というのは否定すべきではない







麦飯にしなくても
玄米にすれば解決じゃないの?




玄米だと保存中発芽しかねないし
今の良い炊飯器でも炊くのにびっくりするくらい時間かかるし
味も悪いし…