カンミリ

ミリタリネタまとめ

    カテゴリ:歴史

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    6月28日は、朝鮮戦争初期、韓国軍が首都ソウルの漢江(ハンガン)に架かる橋を爆破し、多数の犠牲者が出た日だ。大勢の避難民が橋の上にいるにもかかわらず爆破作戦が実行され、500人とも1500人とも言われる人々が死亡した。

    1950年6月25日、北朝鮮軍が北緯38度線を突破し、朝鮮戦争が始まった。北朝鮮軍の奇襲に韓国軍は劣勢だった。6月27日午前1時、韓国政府は非常閣僚会議で、ソウルを捨てて南にある水原への遷都を決め、李承晩大統領(当時)はさらに南の大田に逃れた。ラジオは「国連軍が助けてくれるから安心しろ」と大統領の肉声を放送し続け、新聞は事実と異なる韓国軍の反攻を伝えていた。

    大統領が逃げ、国民を欺き続ける中で、北朝鮮の南進を少しでも遅らせるため、韓国軍はソウルを東西に流れる漢江の人道橋(人間、車用)を爆破した。

    韓国の聖公会大学教授、韓洪九氏は以下のように当時の状況を説明している。

    6月28日午前2時30分頃、総参謀長チェ・ビョンドク一行が漢江歩道橋を通過した直後、陸軍工兵監大佐チェ・チャンシクは漢江橋の爆破を命令した。
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    ソウル
    (1972年)
    1950年の朝鮮戦争により,国土は焦土と化し,世界最貧国圏になる。
    1960年当時の国民平均所得は80ドル程度であった。
    1961年,パク・クネ大統領の父親のパク・チョンヒがクーデターにより政権を奪取。
    パク・チョンヒ による政府主導の開発政策により,韓国は復活を遂げる。
    1970年代の韓国は,江漢の奇跡により,朝鮮戦争の傷跡から立ち直りつつあった。
    この後,韓国は1990年代中盤まで経済成長を続けた。
     
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    東京
    (1972年)
    1945年,太平洋戦争で,東京が焦土となる。同年終戦。GHQの占領下に入る。
    1952年,日本の主権回復。GHQ解散。
    1952~1973年,日本は高度経済成長をとげ,日本人の生活はこの時期に大きく変化した。
    1973年にはGNPは世界第2位となる。
    終戦直後からの日本の復活・発展は世界を驚かせた。
    この復活は「東洋の奇跡(英語だとJapanese miracle)」と呼ばれてる。
    一方で,過度な工業発展により,環境汚染が深刻化した。 
    経済大国として復活した日本の姿をご覧ください。

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    北京
    (1972年)
    1949年に国共内戦で,共産党が勝利し,中華人民共和国が中国の支配者となる。
    1950年代に,国内の整備が進みこれから中国は発展すると期待された。
    1966年から,毛沢東が文化大革命を実施。
    中国は暗黒の時代へと入っていた。
    1972年当時は,また文化大革命の真っ最中である。

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